橋本病とは?
橋本病とは、慢性甲状腺炎とも呼ばれる甲状腺の病気で、甲状腺の機能が低下する病気です。
橋本病は、慢性的に甲状腺で炎症が生じることが病気の成り立ちですが、炎症が生じる原因は自己免疫機序によるものだと考えられています。(自己免疫機序とは、異物から身体を守る役割の免疫細胞が自分自身の細胞や組織を敵とみなして攻撃すること)
中でも、特定の臓器にだけ免疫応答が生じる疾患を臓器特異的自己免疫疾患と呼び、橋本病は臓器特異的自己免疫疾患の代表疾患とされています。
成人女性(30~50歳代)に好発します。
橋本病と診断されても、甲状腺機能は正常のまま維持されていることも多いですが、加齢とともに機能低下症が増えていきます。
潜在的なものを含めると女性の10人に1人に認められ、成人の甲状腺機能低下症の原因として最も頻度の高い疾患です。
甲状腺機能低下症になると、不妊や流産のリスクが高くなります。
妊娠を希望する場合は甲状腺の状態を経過観察し、妊娠した場合は甲状腺ホルモンの必要量が増えるので治療する必要があります。
甲状腺とは?
そもそも甲状腺とはどういう臓器なのか、簡単に説明します。
甲状腺とはのどぼとけのすぐ下にある、15~20g程の蝶が羽を広げたような形をしている臓器です。甲状腺ホルモンというホルモンを分泌する役割があります。
甲状腺ホルモンは全身の様々な臓器に作用し、代謝の促進や熱産生、精神機能の刺激、循環器系の調整、身体の成長・発育にも関わる重要なホルモンです。
甲状腺ホルモンは多過ぎても少な過ぎても体調に影響を与え、正常であれば過不足なく身体にとって丁度良い量がコントロールされるようになっています。
※詳しく知りたい方は、『甲状腺異常が見つかった方へ、症状や原因、検査などを簡潔に解説(上野御徒町院HP)』へ
橋本病の症状
橋本病では甲状腺の機能低下が起こり、甲状腺ホルモンの分泌量が少なくなります。
甲状腺ホルモンは全身の代謝や各臓器の働きを活発にするホルモンで、ホルモンが作用する臓器が多数あるため、それに伴い様々な症状が現れます。
- 甲状腺の腫れによる症状:頸部の腫れ、頸部の圧迫感や違和感
- 甲状腺機能低下症による症状:無気力、記憶力低下、疲れやすい、寒がり、皮膚の乾燥、
体重増加、むくみ、食欲低下、便秘、筋力低下、過多月経、脱毛、徐脈、声のかすれな
ど
甲状腺機能低下に伴う症状が多岐にわたるので、なぜそのような症状が現れるのかをもう少し詳しく説明します。
甲状腺ホルモンの代表的な生理作用には、以下の4つがあります。
- 基礎代謝の亢進・熱産生
- 精神機能の刺激
- 心臓・血管への作用
- 成長と発育
このうち成長と発育については、成長の過程での甲状腺異常で影響が認められます。
このため先天的な甲状腺機能低下症の場合大きく影響しますが、橋本病においては影響の範囲が小さいです。そのほかの3つを詳しくみてみましょう。
基礎代謝の亢進・熱産生
甲状腺ホルモンは全身のほとんどの組織で代謝を亢進させ熱を産生したり、臓器を活発にしたりする作用があります。
甲状腺機能低下が生じると、代謝が落ちることで全身症状として体重の増加、熱産生の低下によって発汗低下、皮膚の乾燥、寒がり、易疲労感などが生じます。
橋本病では、皮膚に特徴的(圧迫しても圧痕が残らない)な浮腫がみられるようになります。これを粘液水腫と呼びます。これはタンパク質の分解も減退するので、分解されないままのタンパクに水分が貯留することで生じます。
また、消化管の動きも弱くなるので便秘になりやすくなります。
精神機能の刺激
甲状腺ホルモンは精神機能を刺激する作用があります。
甲状腺機能低下が生じると、精神活動が低下し思考力の低下や無気力、傾眠傾向といって軽い刺激を加えないとぼーっとした状態になります。
このような精神活動の低下によって、認知症やうつ病と診断されることもあります。
心臓・血管への作用
甲状腺ホルモンは心臓・血管への働きにも影響を及ぼします。
甲状腺機能低下が生じると、脈拍がゆっくり(徐脈)になったり、血圧が下がったりします。
橋本病の診断
甲状腺疾患診断ガイドラインでは、下記のa)および、b)の1つ以上があると、橋本病と診断されます。
- a)超音波検査
・全体的に甲状腺腫大が認められる(内部不均一の低エコーレベル)
※バセドウ病など他の原因が認められない - b)検査所見
①抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)陽性
②抗サイログロブリン抗体陽性
③細胞診でリンパ球浸潤を認める
※次の場合にも橋本病を疑います。
- 他の原因が認められない原発性甲状腺機能低下症
- 甲状腺機能異常も甲状腺腫大も認めないが、抗Tg抗体および抗体陽性
- 頸部超音波検査で甲状腺内部エコー低下や不均質を認めるもの
甲状腺が全体的に腫大していて、ゴムのように硬いですが圧痛は認められないことが多いです。
橋本病の治療
甲状腺で生じている炎症を根本的に治療する方法はなく、橋本病の治療は対症療法のみになります。
- 甲状腺機能が正常に保たれている場合:基本的に治療は行わず経過観察
- 甲状腺機能低下症が見られる場合:甲状腺ホルモン製剤(T4製剤(商品名:チラーヂン、レボチロキシン))の内服
甲状腺機能が正常に保たれている場合
甲状腺が腫れているだけで甲状腺の機正常な場合、血液中の甲状腺ホルモン値の推移をチェックしていきます。
将来的に甲状腺ホルモンが少なくなった場合に治療が開始できるように経過観察します。
甲状腺機能低下症が見られる場合
甲状腺ホルモンの量が明らかに少なく、甲状腺機能低下に伴う諸症状が見られる場合には、甲状腺ホルモンを補っていきます。
- チラージンS(甲状腺ホルモンT4製剤)
の内服を行います。
内服によって甲状腺ホルモンの量が正常に保たれれば、症状が改善されます。
しかし、甲状腺ホルモンは心機能を亢進させ心臓に負荷をかけるため、高齢者などでは内服治療を開始する前に心機能を評価することが重要となります。
また、甲状腺機能が正常→低下症へと移行している状態を、潜在性甲状腺機能低下症と呼びます。
機能低下症の症状は無く、血液中の甲状腺ホルモン値も正常ではあるが、甲状腺ホルモンを調整するための甲状腺刺激ホルモン(TSH)が上昇している場合です。
潜在性甲状腺機能低下症では、すぐに治療を開始するわけではありませんが、症状の増悪を予防する必要があります。
- 甲状腺ホルモンの基となるヨードを含む食品(海藻類など)を控える
ようにしてもらいます。
参考文献
- 日本内分泌学会HP
- 甲状腺疾患診断ガイドライン2021
- 病気がみえるVol.3 糖尿病・代謝・内分泌
- イヤーノート
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執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:甲状腺疾患 投稿日:2023-03-03
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