甲状腺腫瘍とは?
甲状腺腫瘍とは、甲状腺にできる”しこり”のことをいい、良性のものと悪性のものがあります。
良性の甲状腺腫瘍の場合は、身体への影響が少ないので基本的に治療を必要とせず、経過観察となります。
良性の甲状腺腫瘍には、
- 甲状腺の内部に膜に包まれたしこりで、周囲の甲状腺を押しひろげるようにしこりが増大する「濾胞腺腫」
- 甲状腺の内部に液体がたまった「のう胞」
- 正常な細胞が部分的に増殖した過形成の「腺腫様甲状腺腫」
などがあります
※濾胞腺腫は、良性の「濾胞腺腫」と悪性の「濾胞がん」の鑑別が難しく、手術をしないと正確な判別ができないので、手術するまでは濾胞性腫瘍として扱われます。
問題になるのは悪性の甲状腺腫瘍で、甲状腺がんとリンパ腫に大別することができます。甲状腺がんはさらにいくつかの種類に分類されます。(詳細は後述)
甲状腺腫瘍は良性でも悪性でも自覚症状がないことが多く、悪性腫瘍の場合は放置しておくと気管や食道、頸部リンパ節に腫瘍が広がり影響を及ぼしたり、肺や骨などの隣接する臓器に転移したりするおそれがあるので、治療が必要になります。
がんの種類や進行の程度によって治療法が異なるので、それらを正確に判定することが重要になります。
甲状腺腫瘍の原因に、遺伝によって発生することや一部の遺伝子異常によるものが知られています。
また若年での放射線大量被爆が甲状腺がんの危険因子になることが研究で分かっていますが、多くは原因不明とされています。
甲状腺疾患は女性が罹りやすいこという特徴があり、甲状腺腫瘍に関しても男女比11.5:4.5と女性の罹患率が高いです。
甲状腺腫瘍の症状と予後
甲状腺腫瘍は多くの場合自覚症状がなく、健診や超音波検査で発見されるか、大きくなった前頸部のしこりやしこりによる違和感で気付くケースが多いです。
良性腫瘍の場合、甲状腺ホルモンの過剰分泌で、動悸・発汗・体重減少といった甲状腺機能亢進症の症状がでることもあります。
甲状腺腫瘍の予後
甲状腺腫瘍は、がんの種類によって進行の程度や予後が異なります。
悪性度の高くない甲状腺乳頭がんでは進行は緩徐で予後も良好(10年後生存率95%以上)です。
ですが悪性度の最も高い甲状腺未分化がんでは、進行も急速で予後は極めて不良(10年後生存率0%)とされています。
甲状腺腫瘍の診断について
甲状腺腫瘍は血液検査などで確定診断できるような腫瘍マーカーがなく、以下のような大きく3つの段階を経て診断されます。
【①甲状腺腫瘍の判別】
まずは最初に触診(直接頸部を触って)でしこりが良性腫瘍なのか、悪性腫瘍なのか、またはそれ以外の甲状腺疾患によるものなのかを判別します。
触診では、しこりの形状・大きさ、硬さ、疼痛・圧痛の有無などを確認します。
甲状腺腫瘍の場合、
- 結節性(全体的にではなく部分的)のしこり
- 硬く
- 基本的には痛みを伴いません(悪性の未分化がんの場合、疼痛と発赤を伴うことがあります)
【②良性か悪性かの判別】
触診で結節性のしこりを認めた場合、次に超音波検査で良性か悪性かを判別します。
超音波検査では、しこりの内部構造やしこり周辺の状態を確認します。
ここまでの触診と超音波検査を経て、甲状腺腫瘍の診断が付けられます。
悪性が疑われる場合には、さらに詳細に検査を行い、どの種類のがんになるのか分類がされます。
甲状腺腫瘍の分類について
①②の段階を経て悪性腫瘍が疑われた場合、画像検査や病理検査を行い組織診断にてがんの種類を正確に鑑別する必要があります。
【③がんの種類の鑑別】
穿刺吸引細胞診は患部に超音波検査を当てながら注射器の付いた細い針を刺します。注射器で腫瘍組織を採取し、採取された細胞を基に組織診断を行います。
穿刺吸引細胞診は甲状腺腫瘍の鑑別に特に有用な検査とされています。
甲状腺腫瘍は種類によって発生する由来細胞が異なり、進行の程度によって治療方針が異なるので、組織型や病期を正確に判断することが重要になります。
甲状腺腫瘍は、大きく甲状腺がん(乳頭がん、濾胞がん、未分化がん、髄様がん)とリンパ腫に大別することができます。
乳頭がん
- 甲状腺腫瘍の90%を占める
- 進行はゆっくりで、治療後の経過は良好
- 治療法は手術で、必要に応じて放射線療法(内照射による治療:放射性ヨード内用療法)も行われる
濾胞がん
- 甲状腺腫瘍の5%を占め、乳頭がんに次いで2番目に多い
- 進行はゆっくりで、治療後の経過は比較的良好
- 良性の「濾胞腺腫」と悪性の「濾胞がん」の鑑別が難しく、術前に良性か悪性かを鑑別するのは困難
- 治療法は手術で、必要に応じて放射線療法(内照射による治療:放射性ヨード内用療法)も行われる
髄様がん
- 甲状腺腫瘍の内の1~2%を占め、カルシトニンというホルモンを分泌する細胞(傍濾胞細胞)由来のがん
- 血液検査でカルシトニン値が上昇、腫瘍マーカーのCEAが高値を示す
- 進行は比較的ゆっくりで、治療後の経過は比較的良好
- リンパ行性・血行性に転移するので、乳頭がんや濾胞がんよりも転移が起こりやすい
- 遺伝性に発症することもある
- 遺伝子異常により発症する多発性内分泌腫瘍症(MEN2)の部分症である場合がある
- 治療法は手術が選択されるが、MEN2の場合は先に褐色細胞腫・パラガングリオーマを摘出しカテコラミンの血行動態を安定させてからの治療となる
未分化がん
- 甲状腺腫瘍の内の1~2%を占める
- 60歳以上に好発し、甲状腺腫瘍の他のがんにはない急速に増大するしこりや疼痛・発赤といった症状がみられる
- 血液検査で白血球数の増加、赤沈亢進といった著名な炎症所見がみられる
- 急速に進行し治療後の予後は極めて不良で、甲状腺腫瘍の中で最も悪性度が高い
- 甲状腺周囲にある反回神経・気管・食道への直接浸潤や、リンパ行性、血行性に肺や骨などに転移する
- 治療は手術が適応される場合と手術で切除不能な場合があり、手術不適応の場合は化学療法と放射線療法を組み合わせた治療が行われる
- 進行が速く根治的治療が不能な場合が多い
リンパ腫
- 甲状腺腫瘍の内の2~4%を占め、甲状腺原発の悪性リンパ腫の一種
- 橋本病(甲状腺の慢性炎症疾患)の既往がある場合に多い
- 進行は比較的速く、甲状腺にできたしこりが全体的にまたは部分的に増大する
- 治療は化学療法と放射線療法の組み合わせ療法が主流
- 治療後の予後は比較的良好
甲状腺腫瘍の治療法
良性の甲状腺腫瘍の場合は経過観察となりますが、経過とともに悪性腫瘍の合併が疑われる場合や腫瘍が大きくなり、見た目が気になるという場合には治療を行います。
悪性の甲状腺腫瘍の場合は、
- 手術(外科治療)
- 放射線療法
- 薬物療法
が主な治療法となります。
手術が基本となり、がんの種類や進行の程度、転移の有無、術後再発など、状況に応じて放射線療法や化学療法を併せて行います。
手術(外科治療)とは?
甲状腺腫瘍の手術では、腫瘍を対象に甲状腺を全て摘出する全摘手術、2/3以上を切除する亜全摘手術、片側の右葉または左葉を切除する葉切除術などがあります。
また甲状腺の周辺臓器に転移の可能性がある場合は、気管周囲郭清・頸部リンパ節郭清・上縦隔郭清など腫瘍以外の部分も取り除く操作を一緒に行います。
甲状腺手術には以下の合併症のリスクがあります。
- 甲状腺機能の低下
- 副甲状腺機能の低下
- 反回神経麻痺
甲状腺の摘出によって甲状腺ホルモンの分泌が減少することを言います。
全身の代謝と熱産生の低下、精神活動の低下などから全身に様々な症状が現れます。
甲状腺機能の低下に対しては、甲状腺ホルモン薬を内服することで甲状腺ホルモンを補います。
副甲状腺はカルシウムの代謝を調整する重要なホルモンを分泌する臓器で、位置的に甲状腺に付随しています。
甲状腺を摘出すると副甲状腺まで摘出されることになるので、副甲状腺の機能低下が起こり低カルシウム血症に伴う様々な症状が現れます。
副甲状腺機能の低下に対しては、カルシウム剤やビタミンD製剤を内服することで副甲状腺の機能低下を補います。
反回神経は甲状腺のすぐ近くを走行する神経で、声帯や咽頭筋の運動を司る神経になります。
甲状腺腫瘍が反回神経まで巻き込んでいて手術で剝がせない場合、反回神経を切断しなければならないことがあります。
そのように反回神経を温存できない場合は、声のかすれや飲み込みにくさなどの症状が起こります。
放射線療法とは?
切除不能な未分化がんやリンパ腫では放射線と薬物療法を併せた治療が主になりますが、基本的には手術の補助療法的な位置づけにあり、
- 再発や転移の予防
- 遠隔転移していて手術で切除できなかった病巣に対する治療
- 骨転移に対する疼痛緩和
などを目的として行われます。
放射線療法とは放射線のエネルギーを用いて悪性腫瘍を破壊する方法で、「内照射」と「外照射」の2つの方法があります。
「内照射による治療(放射性ヨード内用療法)」は、微量の放射性ヨードカプセルを内服して内側から悪性腫瘍を破壊する方法で、主に乳頭がんと濾胞がんの手術後に対して行われる
「外照射」は身体の外側から患部に放射線を照射する方法で、未分化がんやリンパ腫に対して行われる
内照射・外照射のそれぞれで副作用が異なり、内照射では、治療後数日以内に起こる急性期の副作用と、それ以降に起こる晩期の副作用があります。
急性期の副作用には、吐き気や嘔吐、食思低下、頸部の腫れ、体のだるさ、唾液腺の炎症による食事中の痛み、味覚障害などがあります。
晩期の副作用には、唾液腺や涙腺の障害による口の中や目の乾燥と不妊があります。
外照射の副作用には、照射部位の粘膜や皮膚の炎症に伴う口内炎やのどの痛み、飲み込みにくさなどがあります。
また、吐き気や嘔吐、食欲低下、体のだるさといった全身症状も見られます。
放射線療法による副作用は一過性で、症状に応じた対処療法を行います。
甲状腺腫瘍の薬物療法
甲状腺腫瘍における薬物療法は、
- 内分泌療法(ホルモン補充療法/TSH抑制療法)
- 化学療法(分子標的薬)
に大別できます。
内分泌療法(ホルモン補充療法/TSH抑制療法)とは?
甲状腺を部分切除した後に、甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌させないための治療になります。
甲状腺を一部残した手術の場合、残存した甲状腺だけでは十分に甲状腺ホルモンを分泌することができず、身体がもっと甲状腺ホルモンを分泌させようと甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌します。
そうするとわずかに残った甲状腺腫瘍の組織がTSHの刺激を受け成長し、再発や転移してしまう可能性が高まります。
そのため身体がTSHを分泌しないようにするためにTSH抑制剤の内服や、甲状腺ホルモン剤を内服して甲状腺ホルモンの量が不足しないようにします。
化学療法(分子標的薬)とは?
手術が難しい再発や転移がんに、抗がん剤の一種である分子標的薬を投与する治療になります。
分子標的薬は抗がん剤のように正常な細胞を攻撃することなく、腫瘍細胞のみを標的として作用する薬剤です。
甲状腺腫瘍の治療として保険で認められている分子標的薬は3つあり、それぞれ適応するがんの種類や現れる副作用が異なります。
いわゆる一般的な抗がん剤に比べ分子標的薬の方が副作用は少ないと言われていますが、各分子標的薬特有の副作用もあります。
副作用が現れた場合でも、休薬・減量対処療法をとりながらなるべく治療を継続できるようにします。
参考文献
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執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:甲状腺疾患 投稿日:2023-05-26
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